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kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出と幾何学模様の迷路

横山光輝三国志 諸葛亮孔明 12

前回

 

 

続き…

後出師の表

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成都では楊儀劉禅の元へ来ていた。

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楊儀「右将軍(孔明)は、陛下にこれを奏呈せよと申されました」

何故か楊儀なんだな。

 

劉禅「おう、なにか?うん?これは出師の表ではないか。また出陣をいたすのか」

楊儀「はい、右将軍が漢中に留まり 将兵を調練いたしましたのもこの日に備えてのこと。右将軍は蜀と魏は両立しない。これを討たねば座して滅ぶを待っているようなものである。座して滅ぶよりはむしろ出て魏を討つべきであり、そのいずれかがよいかなど議論の余地はないと申されました」

劉禅「うむ」

他の者から咎められるが、

楊儀「我が蜀よりも、魏の方がさきの呉軍との合戦で大敗し、曹休を失い 兵士も疲れ果てでございます。確かに議論を撃滅すらは大変な困難なことでございましょうが、この機をはずしていつ魏を討てましょう」

劉禅「むむ、たしかに」

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劉禅「よし出陣を許可すると伝えよ」

楊儀「ははーっ」

 

漢中に留まり 軍を立て直すこと半年

孔明は再び出陣した。

この時孔明四十八歳であった。

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さて、諸葛亮の数度に渡る北伐の理由は?

しつこくもう一度考えてみますか…。

 

それは「出師の表」に記してある。

「北のかた中原を定め、漢室を興復し、旧都に還る。」

 

魏を打ち滅ぼし、洛陽の都に戻って、漢王朝を継続する。

つまり、後漢初代の光武帝がやったようなことをもう一度やるということだ。

しかし、あくまでも理想であり建前だった。

 

現実には無理な話である。

中原どころか潼関の東へ出ることも無理なのにね。

しかし、掲げた理由は二つあった。

 

一つ目、国家存亡理由を実体化してみせる。

劉備諸葛亮が建てた国は、陳寿が「蜀」と呼んで以来、国名らしくなったが、実は蜀というのはその国があった土地の地名であり、国名は「漢」である。

つまりこの国の建前は、「我が漢は、天下唯一の合法政権である。しかるに現在は、首都洛陽を中心とする中原一帯が非合法の偽政権である曹氏一族によって暴力的に占拠されるという不正常な状態にある。ために正統政権である漢が西南の僻陬(へきすう=かたいなか)に屈辱的に逼塞(ひっそく=八方ふさがり)しているが、これは臨時に腰かけ的にここにいるだけであって、いずれは正義が勝って我々は天下の中心に戻るのである」

ということになっている。

であるから蜀はじっとしてはいけないのである。時々は、勝って来るぞ!と勇ましく誓い国を出て、そこらをぐるっと回って来なければいけないのである。

 

二つ目。北辺の不安の解消である。もし魏が蜀を叩きに来るとすれば、それは必ず北から来る。だから蜀の勢力範囲の直ぐ北の所は、是非抑えておきたい。

そうすれば枕を高くして寝られる。

と、いうことだ。

 

さて孔明が向かった先は陳倉城、司馬懿の読み通りである。

時期は真冬四方の山々は白雪に包まれていた。

 

さぁ、洛陽はどう動くか?

曹真が曹叡長安を守らせていただくよう、進言する。

どうやら前回の祁山での敗退にリベンジを誓ってのことだった。

そこで曹叡に王双という豪傑を紹介する。

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 ということで王双に先鋒を任せた曹叡

曹真は大都督としてさきの戦訓を生かし見事孔明を破って参れ!との命令が下った。

 

かくして孔明の出陣に対し、魏は再び曹真を大都督として出陣させた。

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陳倉では、

孔明「さすがじゃ、わしがこの道を進むことを読まれたようじゃな」

しかし、

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孔明「この城一つ落とせないようでは、祁山に出て魏の大軍と戦うても勝てまい。陳倉道の北は街亭にあたる。この城を落として味方の足溜りとするのじゃ」

 

そして、あくる日靳詳なる人物が孔明に会いたいとやってきた。

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どうやらこの靳詳、陳倉の守将郝昭とは親友とのことで、彼に会い利害を説いて降伏をすすめると言ってきた。

 

郝昭は忠臣である。

 

降伏など受けるはずもない。

あっさり追い返され、孔明の元へ戻るが、

「無駄な血を流さず如何にかならないものか?」と、また降伏を勧めに靳詳が陳倉城へ行かせるも、矢を放たれ帰ってきた。

 

さすがは郝昭。

郝昭は武士の典型、城を枕に討ち死にする気だろうと孔明にいわせた。

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そして、孔明は陳倉への総攻撃を決めた。

 

続く。

 

【ブロンメーター81日目】