横山光輝 三国志 名将趙雲
三国志の中で一番好きなのは魏延。
次に好きな武将はなんつっても!
趙雲 子龍
今度は趙雲を描いて見ましたε-(´∀` )
鉛筆画ですが…。
この絵は建安二十三年のこと、
”趙雲ただ一騎で立つ”
の場面です。
趙雲が単騎で魏軍を威圧できたのは、やはりその偉丈夫ぶりあってこそ。
玄徳曰く「まったく趙子竜は全身全て肝っ玉じゃのう」
と、惜しみない賛辞を与えた。
趙雲とは…あらゆる言葉を使うと、
「英傑不凡、武芸高強、業績輝煌、行事穏妥、善始善終、常勝将軍、忠心耿耿、足智多謀」
そして史実でもルックスが良くハンサムでありました。
”趙雲阿斗を救う”
曹軍100万の中、一騎で幼君・阿斗を懐に抱き、敵陣を突破してきたのは有名な話。長板坡の戦場のことである。
趙雲から阿斗を受け取った玄徳は、
「この子をわしの目の届かぬ所へ連れて行け」と言うと、かたわらの兵士に阿斗を投げ渡して、趙雲に言う。
劉備「趙雲すまなかった。お前のような臣はまたとこの世で得られるものではない。それをあやうく戦死させるところであった。子供はまた生めば得られるが、良き将はまたと得られぬ。自分の子をかわいく思うのは誰も同じこと。それだけにその笑顔一つ、泣き声一つが父親の気持ちを弱める。お前が命をかけて守ってきたものを粗末にしたわけではない」と頭を下げ、趙雲を感泣させる。
結局桂陽城は劉備の手に落ちたのだが、
劉備「美人といえば愛さぬ者はおらぬであろう。なぜ断った」
趙雲「たしかに私も美人は嫌いではありません。しかし力の前に屈した桂陽の太守…その兄嫁を妻としたら世間はどう見ましょう。力ずくで太守の兄嫁まで奪い取ったと見るでしょう。また我が君の徳もこの地では知られていませぬ。もし家来の私がおごりたかぶる人間のように見られては、この地の民衆は我が君にも偏見を持ち、せっかくの我が君の大業もここに挫折するやもしれませぬ。民衆の心を逆なでするようなことは避けるべきでございましょう」
劉備「ふむう、だがこの桂陽も今は余の支配下にある。余が仲人となってその美人を娶らせようか」
趙雲「お断りいたします」
劉備「ほう、余が仲人をしても駄目か」
趙雲「妻なくとも武士の勤めは行えます。拙者は武士として名分の立たぬことのほうを恐れます」
劉備「ふむ、よくわかった、さがって労を癒すがよい」
スタスタ…
劉備「真から武士だのう」
諸葛亮「まこと」
好きなシーンです。趙雲の威厳を感じます。
北伐には特に重要な将で、
それに趙雲は応えた。
趙雲は器によって形を変える水のように、どんな場面でも柔軟に動き、選ぶべきベストな道を迷いなく選び取り、上手に使われながら、伸びやかに功を立てることができたんだと思います。
それこそは”天才”の証です。
そして彼は長生きをした。
智勇仁を備えた最高の将、部下、戦士、そして何より最高の魅力ある男でありました。