kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出と幾何学模様の迷路

春翠書道教室 55日目

本日の教室です。

とてもやる気がありませんでした。

弱音吐いてすみません?

どうしましょう?

 

「やってやるって!」(越中節)

 

今までのブロンがやる気をもたらせてきたのでしょう。

脱力感が半端なく、すぐ疲れます。 

やはり、簡単にはブロンは僕の中から出ていってくれません。

 

イライラしてるのに、悪いが叔母からあれこれ質問されるのがウンザリです?

でも耐えて頑張るしかありません!

 

さて、10月号です。

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『ほんとうに まじめに 努力すれば

もう半分なしとげたと 同じである』

なるほどです(-Д・)

 

前回の添削が戻ってきました。

1枚目

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2枚目

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今回は二重丸と保存用がありません。

なので再練習です。

 

集中力があるうちに、仕上げました。

1枚目

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2枚目

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今日はこれが精一杯です。

 

 

岐阜県

 

今月は野口雨情の文学碑です。

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野口雨情(本名・栄吉)は茨城県磯原村(現・北茨城市)生まれの詩人です。

東京専門学校(現・早稲田大学)に入学後1年余りで中退し、詩作を始めました。

 

童謡童話雑誌「金の船」(のちの「金の星」)の編集者となり、北原白秋西條八十と共に近代童謡の基礎をつくりました。1921(大正10)年に第一童謡集「十五夜お月さん」を刊行し、以後「七つの子」や「青い眼の人形」など、今も日本人になじみの深い多くの作品を発表しました。また日本各地を旅行し、「船頭小唄」や「波浮の港」などその地の民謡の作詞も数多く手掛けています。

 

  碑は、1990(平成2)年に下呂市森の、湯のまち雨情公園に建立されました。

雨情が下呂をたびたび訪れ、下呂の風土や温泉を題材に「下呂歌謡」を作詞したことにちなんで名づけられた公園です。

 

公園内には二基の碑がありますが、入り口付近に建てられたらこの碑には、「下呂歌謡」十四章のうちの第一節と第六節が刻まれています。

 

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碑文「忘れなさるな/湯ヶ峰下は/

こひし温泉/下呂の町

 

誰を待つやら/河鹿でさへも/

下呂の磧で/夜も啼く

                                   野口雨情作」

 

*拡大図

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皆さま今日も一日お疲れ様でした。

 

【ブロンメーター41日目】