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kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出と幾何学模様の迷路

ブロン中毒になった訳・3

ぼくの目の前に突如現れた女性。
彼女と出会ったのは田舎のスナック。

大抵出張先は山ん中or田舎orダム。

砂川の大規模なアンカー工事に参加することになり(受注は孫請けで確か3,000万)、急遽積丹の現場から移された。

それまでは積丹でベテラン親父3人衆とようやくコミュニケーションを取れ始めて仕事が楽しかった。

福田さん元気だろうか?
村本さんは…だめだろな…
アル中だったからな。

もし御存命ならば、もう一度会いたい。
村本さんは炭鉱上がりでアンカーに移ったんだっけか。
よく飲みに連れていってもらった。
パチスロが好きで、ニューパルサーのこと”カエル”と呼んでいた。
好きなくせして目押し出来ない(笑)。

砂川に移ると周りは若者ばかりだった。
と、いっても自分が2番目に若かった。
21歳。

最初は仲間達とは打ち解けずにいたが、次第にぼくのコミュニケーション能力が発揮され、
人気者になった。

その代わり仕事はキツかった。
時期は今時期、極寒の砂川だった。
しかもアンカーは100メートル〜地面を掘削して、削孔の長さは60メートル〜80メートルとかなりの大工事。

広さは重機が10台は入る範囲。
そこには一台の巨大なクローラクレーンがそびえ立ち、
掘削した地面、足元の土は凍っていた。
凍土だ。

キラキラ空から降ってくるものは…

テンドン(削孔した穴に入れる鋼の棒)を作る組とクローラ削孔機2台で削孔する組と別れて作業。

やっぱ削孔組のオペの手元をするほうがキツいね、時間が過ぎるのは速いけど。
オペの性格によるんだな、乱暴な奴がいた。
俺はそいつに目を付けられ始め、俺も文句を言い始め一発触発で、イライラしていた毎日を送っていた。

そんなある仕事終わりに、2歳年上の先輩に飲みに誘われる。

そこに彼女は働いていた。
一目で恋に落ちた。

その時ブロンは辞めていた。
その代わり酒にハマっていた。

一週間寝ずに彼女のいる店に通った。
削孔中、眠くて、ウトウトだった。
でも仕事を終え、ビールを飲むと元気になりスナックへ行く。
そして土曜日の夜、JRに乗り砂川へ行く。
彼女の仕事が終わるまで、待ち合わせをして彼女の車に乗り、会話する。

次の週も、また次の週も…

そして一万円分の花束を渡し、告白した…
「好きなんだ!付き合って欲しい!」

彼女は「うん、いいよ、私もこーちゃんが大好き」

天にも登る気持ちだった。

雪は溶けてゆき、春も間近で現場が移動になる。
そこから遠距離恋愛となり、休みの日曜日は彼女と会う日だった。

彼女の家は砂川の隣市、美唄市
毎週札幌から美唄へ往復した。

彼女が車で札幌まで来ることもあった。
札幌の街を手をつなぎ何度か歩いたっけ…

彼女のおかげでブロンを飲まなくても仕事が出来る、アル中にもならず、休みの前土曜日の夜が楽しみで楽しみで仕事は順調だった。

あんなに人を好きになれるなんて、多分もう無いと思う。
今でも会えれば会ってみたい。友達として。
彼女の為ならなんだってできた。

彼女の美貌には誰もが認めるところだった。
2歳年下の19歳。
今でも夢に出てくる。

当時ぼくは奥手で彼女にしばらくキスもできなかった、手を握るくらい。
彼女の家に何度も泊まり、一緒に寝たが、手を握り見つめ合うだけ。
そして眠りについた。

大切にしたかったから、ぼくはゆっくり進めたかったんだ。
そんなぼくにイラだったのか、彼女がハンドルを握る車内で彼女の方からぼくのホッペにキスをした。

そして彼女にリードされるまま、その夜二人は一緒になった……

彼女は何から何まで美しかった。
綺麗で可愛くて優しい。
ぼくは彼女の虜になった。

彼女を描いた。捨てられずにいる写真。
f:id:kemoxxxxx:20160218233250j:image
この絵は彼女にあげた。
あのまま結婚してれば。
今悔いても仕方がない。

やがて別れはやってきた。
本当にすまないと思っている。
別れた原因はぼくにあるからね。

複雑な事情でここには書けない。
あえて厳密に言えば、無理矢理別れさせられたということ。

ぼくは結婚を考えてたから…
だから彼女には未練タラタラだ。

彼女と別れてから、またブロンと酒に溺れた。

そして仕事もアンカー屋を辞めて、パチンコ店員になっていた。
今までは全国まわっての出張だったから、札幌で仕事が出来るのが嬉しかったし、母と暮らせる。

パチンコ店員になってからのぼくは、ブロン中毒真っしぐらだった。
アル中でもあった。

やめる気?

無かったね。

だって何も楽しいことなんかありゃしなかったから。
何を考えてたんだかね、若かったのに。
呆れるくらいにブロン中毒だった。
今もだけど。

でも今は減薬中だ。やめたい。

当時はやめる気なんて、さらさらない。
朝20錠、休憩5錠、昼休憩20錠、休憩5錠、1日約50錠。

それを毎日。
一年過ぎ、班長になってからブロン中毒の過渡期を迎える。

1日最高168錠飲んでた。
つまりひと瓶84錠を2瓶。

吐き気止めなど飲まなかったから、吐き気チャンスが半端なく襲い、ぼくは班長で店を任されてたから、仕事は自由だった。
午前中に100錠いった日は死んだね。

主任も店長もいないから、ロッカー室で大の字になってブッ倒れてた。
従業員の担当に具合悪いと言ってホールを任せた。

午後は丸まんま、ロッカー室で寝ていた。
途中インカムで両替機のトラブルで呼ばれる以外は。

なぜあそこまでブロンに溺れたのか?

一つに彼女との別れにあった。
先程言ったように、彼女を忘れられなかったから…。

その寂しさを紛らわす為、ひたすらブロンを飲む。
すると忘れられる。
もう女にはウンザリ…な時期だったから…
従業員数人と関係を持ったが、それでも心の穴は埋まらなかった。 

やはり彼女を忘れることができなかった。
どんな美人でも俺にとってはフツーの女。
自暴自棄になり頻繁にススキノで遊んだ。

二つ目に仕事でのパワハラ
上司からの不条理な命令によるストレス。

アンカー時代でもそれはあったが、
パチンコ店でのパワハラはその比じゃなかった。

強烈なストレスを解消するためには、強力な薬が必要だった。
だからキヨハラにもなったw

結局、精神力、心が非常に弱い人間だったということ。
そんな人間が班長という役職に就ける訳がない。

ぼくは、人の上に立てる人間じゃなかったんだ。

つづく…