kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出と幾何学模様の迷路

母の残した画 5

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母が出展した画。

これも誰だか分からないと言うか、聞いてたのだが、忘れてしまった。

多分1960年代のハリウッド女優です。
うーん(  - 谷- )思い出せません。

どなたか分かりませんでしょうか?

映画の本、大量にあったんだ、映画の友とかスクリーン。
母が亡くなって遺品整理して、さすがにこれは持ってはいけないと。
僕の部屋が狭いので。

捨ててしまった…。

捨てなきゃよかった…。

お母さん、ごめんね。

僕の中学校の将来の夢は画家でした。
とんでもない夢を掲げたものです😓
相当な才能と運を持ち合わせた人しか、画家として御飯は食べてはいけない職業です。

でも夢を諦めず努力し、自分を信じ続ければ叶うと思います。

母は若き頃画家を目指して、挫折しました。
父は一級建築士で、男の子は大抵父の職業に憧れて同じ職業に就く人が多いんじゃないかと?

でも僕は中学校で将来の夢を提出する時、迷わず母の画家にしました。

勉強して建築士になれば、裕福な生活が待っているかも知れません。

でも僕の父はろくでなしで、家にいたことは殆どありませんでした。
酒と競馬に溺れ、大きな借金を作り、母がパートで返済してました。

だから父には尊敬の念すら無く、父との思い出も一切ありません。
だから建築士と聞いただけで、嫌悪感しかないのです。

当然僕が8歳の時に、母は離婚を決めて僕と弟を母一人で育ててくれました。

母には感謝の心でいっぱいです。

父はその後行方不明。
母が末期の胃癌が判明した時に父を探しました。父が恋しくてではありません。
文句の一つも言ってやろうと、怒りの思いで探し当てました。

そしたら、父はもう他界してました。
涙さえ出ません。
あぁ、やっぱり死んでたか…てな思いでなんかスッキリしました。
僕は父が母をあの世に引っ張りこんで、連れて行くつもりなんだ!
アイツが母を胃癌にさせたんだ!と思っています。

憎んだり、恨んだりしてはいけないのかも知れませんが、多少あります。
父に対してはもう何も考えることはありませんね。

そして母は8カ月間の闘病生活を終え、安らかに眠りました。

母は画が得意であり、画を愛していました。人が描く画もです。

僕も画を描く事が大好きです。
一時期札幌の狸小路で画家を目指す先輩と知り合い、二人でストリートで人物画を描いた事もありました。
実際、画家でメシは食えません。
それが現実です。

でも画家になろうと修行する人には憧れています。
画家にはなれませんが、夢としていつまでも胸にしまっておきます。

母の画を見ると、母との思い出がいっぱい蘇ります。そして涙します😢

読んでいただき、
ありがとうございました。